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Coumは、新しいタイプのコンサルティングファームだ。

クライアントとの関わり方、組織の在り方、そして働き方。

その一つひとつが新しく、そこに創業者・廣瀬真彦の個性が生きる。そもそも、彼がキャリアを積む中で感じた課題を解決するために、この会社が生まれたと言っても過言ではない。

Coumの主戦場はデジタル領域。コンサルタントと共に自社のエンジニア、デザイナーが、事業の立ち上げから事業継続・成長のためのプロモーションや運営まで、総合的に手厚く支援する。それが同社のスタイルだ。

起業前、廣瀬は外資系コンサルティングファーム、事業会社、日系コンサルティングファームでのキャリアを経験。一度は起業資金を貯めるため、フリーのコンサルタントにも転身したが、起業への熱が冷めた時期もあったという。

一度、冷え切った情熱はいかにして再び、燃えたぎったのか。

彼に起業を決意させたものとは、何だったのか。

背景には、廣瀬の“ブレることのない”スタイルがあった。

顧客も仕事も失い、気付いたコンサルという仕事への“愛情”


設立間もないYahoo!やGoogleなど、世界で若きITベンチャー経営者たちがスポットライトを浴びていた、2000年の少し前。海外志向だった廣瀬も、鼻息の荒い若者らしく、ITに興味を抱くようになる。

「会社の看板なしで活躍する、若いIT企業の経営者たちへの憧れがありました。バブル崩壊で大手証券会社が潰れるのを見ていたこともあり、これからは自分の力で仕事をする時代だと」

大学時代、1年間アメリカに留学した廣瀬は、注目が集まり始めていたシリコンバレーで数カ月間を過ごす。そこでITや経営への興味を強め、大手外資系コンサルティングファームに就職。経験を積み、一人前になるためだった。

そこでは、着々とコンサルタントとしての基礎スキルを身に付けた。クライアントもプロジェクトも大規模で、時には国内外で500人が関わる案件もあった。

チームの一員として、仕事にやりがいは感じていたが、プロジェクトの全体感を捉えるのは難しかった。次第に、「もっと経営の上流に近い部分に関わりたい」という想いを強くする。

そんな時、ある企業の新規事業プロジェクトを担当するチャンスが訪れる。廣瀬の願い通り、事業を創り出す面白さを体験できた。

ここで青天の霹靂。

所属するコンサルティングファームはローンチを目前に撤退してしまったのだ。「この事業を最後まで見届けたい」、廣瀬は思い切った決断をする。クライアントだった事業会社へ転職し、無事ローンチまでやり切ったのだった。

その後、フリーのコンサルタントに。仕事も多く、がむしゃらに働く日々だったが、今度は、リーマンショックという名の嵐が廣瀬を襲った。クライアントの多くは、金融業界。多くの仕事を失った。

自分を磨き直す機会と捉えた廣瀬は、ビジネススクールに通い始める。ビジネスのヒト・モノ・カネを学び、自らの志にも向き合った結果、あることに気付いたのだった。

「お客様との距離も近い。努力がダイレクトにフィードバックされ、貢献実感が大きい。そしてチームで働く楽しさもある。コンサルの仕事がやっぱり好きなんだと」

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最高の環境、そして出世......反比例して冷めていく、起業熱


そして、日系コンサルティングファームに転職。外資系ファーム時代と比べると案件の規模こそ小さいが、クライアントと直接向き合う機会が多く、プロジェクトの全体像を見ながら、支援ができる。まさに廣瀬が新人の頃、想い描いていたコンサルティングができる環境だった。

順調に昇進。社内で自ら、デジタルに特化したグループも立ち上げた。

「当時、まだデジタル領域に特化したコンサルティングファームはあまりなく、グループを立ち上げると、社内のあちこちから相談が寄せられました。デジタル領域について、クライアントから相談されても皆にはまだ知見がないので、ここは廣瀬だ、となりましたね」

リーダーとして自分の色が出せるように。反比例するように、起業への熱は冷めていく。自分の仕事という視点だけなら、廣瀬にとってこれ以上のゴールはなかったのかもしれない。

しかし視点をクライアント、仲間へと移した時、そこには課題が残っていた。

デジタル領域のニーズは日に日に高まる。しかし社内のケイパビリティには限りがあり、デジタルの知見があるメンバーはわずか数名。

「自社で支援できたのは、新規事業の立ち上げなど、デジタル領域のごく限られた工程でした。でもクライアントにとって本来重要なのは、それ以降のプロセス。いかに事業を継続し、成長させるかです。そこまで支援してほしいという声が多くありました。

しかしそれにはエンジニアとデザイナーが必要。コンサルタントは戦略を立てられても、提供価値を検証するためのプロトタイプは作れません。これは確実にボトルネックになる、そんな危機感がありました」

結局、廣瀬はクライアントのために、“他社を紹介する”という手段を選んだのだった。

起業熱を再燃させた、コンサル企業が“変わるべき”二つのこと


市場が成長する中、一部の大企業しかデジタル領域のコンサルティングを依頼できていない実情がある。しかし、デジタル化は企業の規模に関係なく存在する課題でもある。

廣瀬は、企業が高額なコンサルティングフィーを支払うことなく、デジタル化を進められる方法を模索し始めた。そうすれば中小企業の支援もできる、デジタル化によってより幸せにできる人を増やせると。

そしてもう一つ、廣瀬を悩ませることがあった。若手の優秀な人材の相次ぐ退職を目の当たりにしていた。

クライアント先での仕事が面白くても、いざ会社に戻ると横のつながりがない。同じチームで働くコンサルタント仲間との関係性は深まるが、プロジェクトが終了すれば、それっきり。相談できる相手もいない──

「そういう関係は純粋に寂しい。コンサルを諦めて事業会社へ転職していく若い世代を見ると、仲間とどう働くかに意識が向き始めたのです」

ついに、廣瀬の“起業への熱”が最高潮に達した。

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自身の苦難と苦境を全て詰め込んだ、最高に“クリア”な会社がここに誕生


「デジタル領域のニーズにワンストップで応えるサービスが提供できて、やり甲斐と働きやすさを両立できる環境がある。そんなプロフェッショナルのコンサルティングファームをつくれるのなら、起業したい」

こうしてCoumは2019年の春、エンジニア、デザイナーも自社で抱えるプロフェッショナルファームとして誕生した。

「プロジェクトへ部分的に携わるのではなく、クライアントの事業立ち上げから成長までのプロセスを、一気通貫で支援できます。

また、組織は権限委譲型のティール組織なので、どんな人材を採用し、どんな組織にして、どう営業するかも自分達で考えます。まさにチームで“経営する”感覚です。自ら能力を磨き、キャリアを切り開いていきたい人には、やりがいを感じてもらえると思います」

エンジニア、デザイナーの社員がいることについて、廣瀬は「組織に多様性が育まれ、新しい発想が生まれやすくなる」と大きな可能性を示した。

「コンサルファーム時代のクライアントは大手ばかりで、本来最も支援を必要としている中堅・中小企業を支えられないことにジレンマを感じていました。Coumでは、そうした企業のデジタル化も積極的に支援したいと考えています。

実際、デジタルに縁のなかった企業のビジネスがオンライン前提になった時、どう経営を変えていくかはとても難しい。でもデジタル事業は、費用対効果が高いというメリットもあります。

オンラインとリアルを組み合わせながら、新たな事業モデルづくりに取り組んでいきたいですね。収益モデルの提案だけでなく、業務設計から集客、サービス提供などあらゆるプロセスでクライアントに伴走していきたいです」

「これをやってみたい」「これを何とかしたい」──

そんな好奇心から、廣瀬は自らに浮かんだ課題に素直に向き合い、着実に解決。早々と自分のゴールに到達した。

そして今度は課題解決の対象が、クライアントへ、仲間へと広がりを見せている。その動きは、これからも決して止むことはないだろう。

なぜなら彼は生来のコンサルタントで、それが彼の生き方として最適解だから。

文・新川五月 写真・小田駿一

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【編集後記】

廣瀬氏が、取材で幾度となく口にした言葉がある。「仲間」だ。

彼の志はこれまでさまざまな逆境に揉まれ、磨かれた。
そして「自分のため」から「仲間のため」のものへと、昇華されていった。

仲間のために戦う人間は、強い。
戦う理由が明確で、心が折れそうな時には、仲間の想いに支えられるからだ。

でもコロナに不況に、激動の世の中でその姿勢を貫くことは、本当に難しい。
廣瀬氏はそれでも顧客のため、部下のため、家族のため、ファイティングポーズを崩さない。

ふと自身に問いかけたくなった。今、仲間のために戦えているのかと。
自分のために、いっぱいいっぱいになっていないかと。

屋外での撮影。カメラの前で爽やかに笑う廣瀬氏の頭上には、秋晴れの空が広がっていた。
その青さが、目にしみた。

編集・大柏真佑実(Forbes JAPAN CAREER)