「若いうちはきっと、『すごいね』よりも『おもしろいね』が大切なんだと思います」

これはある男による、これからキャリアを考える若者への問いかけだ。だが同時にそれは、彼が自分自身に問い続けてきたことでもある。

発言の主である野澤智信は、弱冠28歳にして東証一部上場企業の執行役員を務める。

その企業の名は株式会社アカツキ。2010年に創業し、誰もが知る人気マンガ作品のゲーム化などをはじめ、スマートフォンゲーム業界では国内トッププレーヤーの1社に数えられる。

とにかく「創り続けたい」という欲へ素直に。つい最近まで学生だった、と言っても過言ではない若さでキャリアを駆け上がってきた。

なぜ、エンタメはそこまで彼を魅了し続けたのか。若者がエンタメビジネスを目指す意義とは何なのか。

ここ10年間、激しい変化の波にさらされたスマートフォンゲーム業界で、先端を走るアカツキと野澤の歩みを追体験し、キャリアのヒントを読み解いてみよう。

「ある作品に出会っていなければ、今の僕はない。エンタメが人生を変えてくれた」


高校時代は、地方のどこにでもいる、一人の野球少年だった。最後の夏の大会を終え、もぬけの殻状態。当時は東京の大学へ進学するなど考えていなかった。

そんな時、ある作品と出会う。当時社会現象を巻き起こし、2020年に新作ドラマも公開予定である、漫画「ドラゴン桜」だ。

嘘みたいな本当の話だが、野澤は塾などには通わず、ひたすら漫画内の勉強方法を実践し、ゼロから劇的に成績を上げていく。その結果、慶應義塾大学に進むこととなった。

この時から、エンタメと野澤の「縁」は、生まれていた。

大学の卒業が迫ったころ、野澤は大学院への進学か就職するか、選択を迫られていた。そして「ベンチャーで働く」という結論を出す。ベンチャーにも色々と種類はあるが、彼はここで「エンタメ」、なかでも「ゲーム」を選ぶことになる。

前述の「縁」の話もそうだが、明確な3つ理由がある。今となってはFortnite(フォートナイト)などのゲームが市民権を得てきたが、当時はまだモバイルゲーム業界の風評は向かい風であった。しかし、そこにはエンターテイメントの構造を変える力強さがあった。

「創造」「愛着」「還元」

まず、ゲームを生み出すという創造の過程。成長市場のため、若手でも自身で、億単位の予算で企画・プロデュースをしていけるチャンスが多分に転がっていた。テクノロジードリブンであることも、エンターテイメント業界では珍しい。

つぎに愛着。スマホが主戦場のため、常時インタラクティブにファンと関わり、創り続ける点もモバイルゲームの特徴である。このユーザーとの共創的な考え方も、エンターテイメント業界では珍しかった。

そして還元。ゲームによってアカツキだけでなく、IP(Intellectual Propertyの略。キャラクターコンテンツなどの「知的財産」のこと)へのマネタイズ(還元)に貢献できる。その結果、IP全体の経済圏、もっと言えば漫画家や作家などの活動資金を生むことができ、エンタメ業界全体の成長に繋げられるのだ。

事実、エンタメビジネスの構造は、モバイルゲームの出現よって大きく変わってきている。

「ゲームを出発点としてエンタメビジネスを経験してきた強みはきっとある。その強みを活かすことが、新しいエンタメ体験やビジネスをつくる武器になるはず」


「エターナルβ思考」「前例主義からの脱却」


アカツキに入社した野澤が10年弱で経験したことは、上に挙げた2つのキーワードに集約される。

ソフトウェアなどのスタートアップ企業の間では、「エターナルβ」という考え方がある。プロダクトを創り込みしすぎず、一定の品質に達したら市場投入し改良を加えていく方法だ。

野澤はこの思想を体現しながら、同時にある思いを抱えていた。

「ゲームのアップデートと同じように、自分自身の中にも手掛けた作品を見直したり、自分がやりたいことを探したりするフェーズが来るんです。一定の成果を出せたプロジェクトでも、時間が経つともっとできることがあったんじゃないかと後悔が残り続ける。

開発をしていく過程で、自分自身もアップデートされていってしまうので満足することなんてきっとできない。だから作品をつくるときは、期限と予算以内で『セルフリメイク』することを計画に織り込むようにしています」

次に野澤が手掛けたタイトルは、櫻坂46・日向坂46を応援する公式音楽ゲームアプリ「ユニゾンエアー」だ。結果から紹介すると、450万ダウンロードを記録し、App Ape Award 2019では人気投票ゲーム部門優秀賞を受賞している。

野澤はこの作品で、2つの挑戦を掲げていた。1つは「若い世代で若い世代につくること」こと。もう1つは、「前例主義からの脱却」だ。

「ユニゾンエアー」の開発当時、業界では実在するアーティストのゲーム化は難しいと考えられていた。“動”が中心のリアルなアーティストが持つ世界観と“静”が中心のスマートフォンゲームの相性が悪いからである。これまでのゲームとは異なる新しい手法を探したかった。

そこで野澤はゲーム業界出身ではない、異業種のデザイナーを起用した。

「ビジネスモデルも作品自体も、大人の後追いをしてもかなわないという思いがありました。エンターテイメントの業界においても、自分より実績ある人たちがすでに成功しているモデルをトレースしても経験ではかなわない。ならば、若い世代にしかない感性やぼくらしか見えてない世界線でモノを作らないといけないと。若い世代に人気があるアイドルだったこともあり、自分たちの世代の感性で勝負できると考えました。

広告代理店出身でゲーム開発経験のないデザイナーを相棒に据え、『いままでで一番ゲームっぽくないゲームを作ろう』と意気込み、ようやく1本、自分でもヒットだと認められるものが出せました」


「人は変わる、どれだけ確たる自分がいても」


誰もがそうではないかもしれないが、新卒入社を迎えた時期というのは、大志を描くと同時に、既存のルールや“常識”へ抗う気持ちを少なからず持っている。

野澤もその1人だが、彼の特筆すべきは、それを行動に反映させたところだ。

野澤は現在28歳。この年代にとっては、30歳が一つの節目になる。学生時代のころに思い描いていた30歳と、いま思い描く30歳。その姿や解像度がどのくらい違うか?ということを尋ねてみた。

「人は変わります。どれだけ確たる自分がいても」

この質問への答えとして野澤はそう口にした。一歩先に進めば、そこにいるのは偉大な先輩クリエイターたちだ。多くの経験を積み、実力差に心を折られ、その経験が新たな選択肢を生み出す。

大学卒業前、野澤の中にあったのはビジネスマンとして成功する自身の姿だ。しかし現在はというと、「創ることをやめないクリエイターです」と、その変容を話す。

そして、変容するのは野澤だけではない。

これまで既存のIPを活用することが中心だったアカツキは、今年から「ゲームを軸としたIPプロデュースカンパニー」を標榜し、総合的なエンターテインメントを手掛ける集団となるべく動き出した。

「自分たちでも長く残ってゆくIPコンテンツを生み出そう、そうじゃないと長期的には生き残れないという議論を、改めて社内で行ないました。この方針でカギになる要素の一つとして、自分たちで自由度高くアニメをつくれることを目指しています。

ゲーム会社という出自やエンジニアリングを活かして、まずはアニメ業界にぼくらができる価値貢献をしながら、謙虚に驕らず、世界で通用するアニメをつくる力をじっくりと身につけていこうと思っています」

でき上がった仕組みの中でビジネスを最大化させるのではなく、脇道に機会を見出す。

野澤の目に映るゲーム業界は、効率と投資予算でしのぎを削り合うレッドオーシャンではなく、ビジネスとアートの融合でエンターテイメントの新しい姿を追求する“新大陸”なのだ。

文・小野祐紀 写真・小田駿一


【編集後記】

これでアカツキ社の3本の連載は幕切れとなる。
インタビューの場所には常に、野澤氏がいた。

20代後半で東証一部上場企業の執行役員と聞けば、一種の“怪物”や“天才”を想像するかもしれないが、彼は真逆である。

とにかく謙虚で真摯で実直。初回の佐渡島氏、第2回の川村元気氏の対談から最後の単独インタビューという流れだったが、この機会を通して彼はトップランナーである2人から様々なものを吸収していたように覚える。

人がアップデートされていく様を、1ヶ月の間で見せてもらった印象だ。

そういう点で言えば、彼は“学びの怪物”とも言えるかもしれない。
野澤智信という人間を育んだ、アカツキという土壌もまた、特別な場所なのかもしれない。

Forbes JAPAN CAREER 編集長 後藤亮輔

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