もしコロナ禍が訪れていなかったとしたら、日本のビジネスにおける今年のバズワードは満場一致で「DX」、デジタルトランスフォーメーションだっただろう。

もちろん、突如として当たり前になったリモートワークや「新しい働き方」なども、広い意味ではDXの一部に入るので、結果は同じことかもしれない。

だがDXとは、単に何かをデジタル化することではない。

テクノロジーによって、企業が提供するサービスやその生産・開発方法、あるいは会社のあり方自体までをも、従来の延長線上にはない姿に“変革”させることがDXの真髄だ。

そうした変革を支援すべく、昨今はマーケティング業界や各種コンサルティング業界などで、勢力図の再編が進んでいる。

たとえばコンサルティング会社がデザイン会社を買収したり、デジタル広告に特化した子会社を設立したり。反対に、広告会社がコンサルティング領域にも手をのばすケースもある。

その前提には、いわゆる「戦略」と「実行」のどちらに重きを置くか、という二元論がある。

今回紹介する企業も、これと同じ文脈で誕生した「戦略と実行、どちらもできる」とうたう企業の一つに見える。が、話を聞いていくうちに、一味違うことに気付かされた。

ソフトバンク、博報堂、トレジャーデータが3社合弁で設立した、インキュデータ株式会社。

彼らが提供するのはコンサルティングではない。マーケティングシステムのベンダーでもなければ、広告運用やデータ分析といった、オペレーションの代行でもない。

インキュデータのミッションは、データ活用を軸にした“事業変革”支援。つまり同社が提供するのは、DX戦略からデータ活用に必要なシステム基盤、データマーケティングを基点として導いた課題解決策の実行という、“DXによる事業変革の実現そのもの”だ。

この、一見ありそうで他にあまり例を見ない会社をつくりあげた男、藤平大輔に話を聞いた。

「自分がうまくいったことを伝える」会社


インキュデータが冒頭で紹介したような会社として説得力を持つのは、藤平がいわゆる事業会社としての成功体験を多く持っているからだ。

データを活用したマーケティングの実績を持っていた彼は、まだ通信キャリア事業を始める前のソフトバンクに入社。同じ頃、ソフトバンクは当時の福岡ダイエーホークスを買収し、藤平は球団でシステム統括とマーケティングを担った。

「データという無機質なものを扱うと同時に、球場に足を運べば血の通った人間であることを実感できる。観客はマスでありながら、つぶさにスタンドを見れば野球観戦を楽しむ一人ひとりの表情や声にふれることができる」

当時を振り返る藤平の言葉から、これが彼のデータマーケティングにおける原体験だということが分かる。

ホークスでの実績を引っさげ、ソフトバンクに戻った藤平が次に担当したのは通信キャリアとして新領域であるデジタルマーケティング事業だった。これがインキュデータ誕生の序章となる。

数々の挑戦が続く中、博報堂と組んで、トレジャーデータのCDP(Customer Data Platform、顧客に関するデータを収集・蓄積・統合するプラットフォーム)を活用したプロジェクトで初めての手応えを感じた。その後も、データ活用の成功体験を積み重ねながら事業を大きく成長させた。

傍から見れば着実に実績を重ねる一方で、藤平の頭の中には「これでいいんだっけ?」という思いがあったという。

ソフトバンクという巨大な事業会社の一部門として取り組むよりも、博報堂のデータマーケティングやコンサルティングのノウハウ、データ活用の要となるトレジャーデータのCDPを巻き込み、三位一体で取り組む方が企業のDX実現をさらに加速できることができると直感し、インキュデータ設立を起案した。

藤平がやりたかったことはシンプルだ。

「データ活用という可能性がある領域で、自分がうまくいったこと、そしてうまくいかなかったことを伝える」。だからこそ、退職してゼロから始めるのではなく、事業創造、データマネジメント、マーケティングとそれぞれに長けた3社での垂直立ち上げを選んだ。


コンサルタントやツールベンダーにできないことは本当にあるのか?


インタビューの中で、藤平が何度も口にした言葉がある。それは、データを広告だけに使うのはもったいない、ということだ。

「仮にマーケティングでのデータ活用を“攻め”だとしたら、各部門のBPO(Business Process Outsourcing、業務プロセスの外部委託)でのデータ活用は“守り”です。実態として、企業活動の中で多いのは守りのデータ活用。ターゲティング精度の高い広告をするだけではなく、会社全体としてデータ活用を標準化することで、その価値がより高まるはずです」

こうした思いがあるからこそ、藤平が率いるインキュデータでは構想を描くこと、データ活用基盤を構築すること、実際にデータを活用すること、そして結果を出すこと、これらをワンストップで提供する支援が当たり前になっている。

ここまで読んで気づく読者も多いだろうが、もちろん昨今はコンサルティング会社でも、描いた提案に対して実行部分まで伴走するケースがある。しかし、あえて藤平の言葉を紹介するならば、その違いはこうだ。

「コンサルティング会社は、強みであるコンサルティングを売るために実行支援のリソースを強化しています。ツールベンダーも同様に自社製品の導入までを強化しています。ですが私たちの出発点には、DXの推進を通じて事業の変革を支援したいという思いがあります。事業会社側だった自身の経験もふまえ、あくまで現場で顧客と並走して泥臭くやりたいんです」

データを扱うという特性からも、インキュデータの仕事の多くは公開されることがない。しかし今回特別にと話してくれたのが、大和証券の新規事業「株式会社CONNECT」の支援事例だ。

この事業はコロナ禍による非対面営業への対応、新しい市場での顧客獲得といった背景から、大手証券会社がネット証券を立ち上げるという大きな変革に舵を切ったことで注目を集めた。

巧みな事業展開により多様化していくデジタルチャネルのデータ管理、さらに顧客獲得施策成果の可視化に悩むクライアントに対し、インキュデータはまず意思決定に必要なデータ基盤の整備に取りかかった。

ダッシュボードを構築し、データ融合による分析を行う。その結果をもとに強化すべき市場の発見、サービスや顧客体験の設計、顧客コミュニケーション策定マーケティングと全方位に渡って支援できるよう準備している。一連の支援により、CONNECTは順調に顧客を増やしている。


日本企業の変革には、「やんちゃする余地」が必要だ


企画書を書くだけでなく、実装までできるか。
逆に、実装だけではなく、企画書を書けるか。

藤平自身のキャリアを投影するかのように、彼が社員に求める水準は高い。

「かくいう私もソフトバンクでたくさん失敗してきています。でも一つ、博報堂と協力してトレジャーデータの活用がうまくいったことで、きっかけをつかみました。そういう原体験をそれぞれ持ち寄っているのがインキュデータです」

ソフトバンク、博報堂、トレジャーデータという強力な後ろ盾があることによる、経営体力の強靭さは、挑戦と失敗を歓迎する風土「やんちゃしやすい」という側面にも活きているという。

「社内にはコンサル出身やシステムベンダー出身など、いろいろな人がいますが、それぞれが“自分の専門領域”を拡げるために、やんちゃして安心して新しいことにチャレンジしてほしい。優秀かどうかではなく、自己実現をしたいか。スキルがあるからこそ環境を求めるものだと思いますし、そういう人にチャンスを与えたいですよね」

インキュデータ設立時、藤平の脳裏にあった「これでいいんだっけ?」という自問自答。「もっとできる」というある種のエゴや、自分の業務領域に可能性を感じる者にこそ、この疑問が芽生えるのだろう──。

そう思い、現時点での「これでいいんだっけ?」を藤平に聞いた。やはり彼の頭には次なるステージが描かれていた。

「ソフトバンクの枠を越えて会社をつくりましたが、それでも小さい気がしています。私たちのクライアントである日本企業は世界でもトップクラスにまじめで、しっかりと事業運営をしている。でも、デジタルの知識がまだ足りていない。

一方でデジタルに強い側も、それだけではだめで、各事業に精通するべきです。各業種に根ざした深い経験・知識があってこそ、初めて『データを使って何する?』に答えられる。マーケティングの領域を越えて事業全体にコミットするのであれば、そこまでやれるチームにしないといけない」

藤平のいうDXは、“今年のバズワード”ではない。企業の生き残りを賭けた変革という、本当の意味でのDXだ。

それは、DXという単語にこだわることなく語ったインキュデータへの思いからも明らかだ。

文・小野祐紀 写真・小田駿一


【編集後記】

インキュデータ設立当時の話を聞きながら、私が感じ取った藤平氏の思いはこうだ。

ゼロから事業を立ち上げていたのでは間に合わない。“今すぐ”、企業を助けたい。

社名の由来である「インキュベーション」は、事業の創出や創業を支援するサービスを意味する。それに「データ」を掛け合わせた。まさに名は体を表す、である。

インキュデータと出会えば、企業の未来が拓ける。
そんな期待が湧いたのは、「これでいいんだっけ」と自問自答しながら、いかなる時も前進しようとする姿を垣間見たからだろう。

Forbes JAPAN CAREER 梅田佳苗

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